〜接点なきサポーター 〜
*以下は記事を抜粋して引用しました。
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当時をよく知る放送作家のオークラは、そういった環境だったから「みんなが『凄え!』と一目を置いていたバカリズムの方法論が、97~98年頃のライブシーンでは“受けにくい人”になってしまった」(太田出版「Quick Japan」vol.121=2015年8月12日発売)と回想する。それはバナナマンも同様だった。けれど「ネタでは負けない」という思いは強かった。
その心の支えになったのは単独ライブだった。ラ・ママのような複数の芸人が出るライブでは辛酸をなめたが、単独ではネタをしっかり作ればちゃんとウケる。ブームの渦中にいながらも冷静だった土田晃之は、腐ることなく上質なネタを作り続けた彼らを見た当時をこう述懐する。
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https://news.yahoo.co.jp/articles/4a76054631667ba1f7a82a531837dd3637cc3f3f