中村倫也company〜「週刊新潮 記事」

〜接点なきサポーター 〜

ゆるふわ?・・ではない

アウトロー中村倫也

たっぷりのテイスト・・・オムニバス

感ドラマ。


以下は記事引用です。
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「珈琲いかがでしょう」は単純な“ゆるふわイケメンモノ”にあらず “普通”の人が抱える心の闇のリアリティ
5/12(水) 5:55

「珈琲いかがでしょう」(テレビ東京系、月曜23時06分)(C)吉田潮
 雨に濡れた子犬顔のイケメンが移動販売車でやってきて、美味しい珈琲を淹れてくれて、他人にとってはどうでもいい愚痴や悩みを嫌な顔ひとつせず聞いてくれた挙句に、ふんわりと自己肯定感を高める言霊をくれる。神か仏か。現代人のすさんだ心をほっこり癒やすハートウォーミングストーリー……じゃねぇんだわ、「珈琲いかがでしょう」は。


 主演の子犬顔は中村倫也。珈琲の蘊蓄や魅力も知ることができるグルメ系ドラマの亜種……でもねぇんだわ、「珈琲いかがでしょう」は。

 まず、倫也が右手だけ不自然に手袋をしている時点で「指が欠損……カタギじゃないな」とわかる。さらに倫也を執拗に追う男・ぺい(ヤク打ったような荒み顔&超ハイテンションの磯村勇斗)の存在もチラつくため、ただの眼福ドラマでもなさそうだ。ほっこりと見せて、実は暴力団対策法&暴力団排除条例によって困窮したヤクザの起死回生世直し屋台物語? と妄想も加速。ええい、鎮まれぃ! 私の頭の中の三池崇史

 移動珈琲店を通して倫也が出会うのは、些末な一大事を胸に秘めた人々だ。丁寧と誠実が信念だが、効率重視の会社では煙たがられている女(夏帆)や、無難を選んでいるうちに衣類すべてがベージュ色と気づいて嘆く女(貫地谷しほり)。小泉進次郎ばりに曖昧で具体性のない願望で東京に憧れる田舎娘(山田杏奈)や、そんな田舎娘をダマくらかして男の餌食にすることで、東京で軌道に乗れない自分を慰めるほどに落ちぶれた絵描き(臼田あさ美)など。

 なんの変哲もない人々だからこそ、抱える悩みやストレスや心の闇が自分事に思える。「あれは私」「私もそうだった」と思わせる「共鳴力」に優れているのだ。

 原作はコナリミサトの漫画と聞いて納得。「凪のお暇(いとま)」同様、何気ない言葉が凶器になる瞬間を描くからかな。

 そもそも心の声や脳内言語は、誰もが冗舌で毒舌、皮肉屋で結構な人でなしだ。まともな大人はそれを人前で声に出さないし、ましてやSNSに書いたりもしない。良識とか常識とか配慮とか世間体があるから。でも、ドラマではこうした心の声が肝だ。これを言ったら「人格を疑われる」「嫌われる」「大人げない」「みっともない」セリフほど起こる化学反応が大きいから。

 第1話では丁寧な生活が信条の夏帆が、職場で人気者だが軽薄な女(足立梨花)に放ったセリフ。「靴がいつも汚い! 顔だけきれいにしてても全然かっこよくない!」。人となりを端的に表す言葉は致命傷を与える。一生心に残る言葉だ。

 第2話では、自分の絵が認められず腐っていく臼田。有名なアートディレクターに可愛がられる同級生を妬み、「成功している女は全員枕! いやらしい、浅ましい、お盛んなメス犬どもめ!」と脳内で悪態をつく。さらに誹謗中傷をネットに書き込み、性犯罪にも加担するなど、闇に落ちていく。

 ま、倫也が珈琲とともに人々の自己肯定感を高める言霊を進呈するので、結果救われる。でも、単純なゆるふわ癒やしのイケメンモノではない旨、強調しておく。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮」2021年5月6・13日号 掲載

こちらから「週刊新潮」の記事です。
https://www.dailyshincho.jp/article/2021/05120555/?photo=1

中村倫也#珈琲いかがでしょう#週刊新潮