中村倫也company〜「鳥肌が立つ・・なのでは??」

〜接点なきサポーター 〜

以下の記事の

「身の毛がよだつ」??

この場合「鳥肌がたつ」では??


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以下は記事引用です。

中村倫也の表情の振れ幅に“身の毛がよだつ” 『珈琲いかがでしょう』が繋ぐ人々の思い
4/27(火) 12:20

『珈琲いかがでしょう』(c)「珈琲いかがでしょう」製作委員会
「美味しい珈琲を淹れたい、ただそれだけ」

 人が珈琲で潤すのは、喉だけではないのかもしれない。遠い国からやってきた豆の旅路に、じっくりと丁寧に抽出された手間暇に、淹れてくれた人の愛情に……その一つひとつの工程に思いを馳せ、心を満たす。

【写真】娘を守るために、青山との友情を断つことを選んだゴンザ

 美味しい珈琲とは何か。珈琲を味わうとはどういうことか。目の前の1杯と向き合う時間を大切にすることで、より人生が香り高くなることを教えてくれるドラマ『珈琲いかがでしょう』(テレビ東京系)。第4話で淹れられたのは、ドラマオリジナルの要素が加わった「ガソリン珈琲」と、原作に忠実な「ファッション珈琲」。ドラマと原作の魅力を飲み比べるように楽しめる一夜となった。

■家族の無事を祈る想いが交錯するガソリンスタンド
 パンクしてしまった青山(中村倫也)の移動販売車「たこ珈琲」。その修理に向かった先は、どうやら青山とは旧知の仲に見えるゴンザ(一ノ瀬ワタル)のガソリンスタンドだった。青山の笑顔に「身の毛がよだつ」と拒否反応を示すゴンザ。そんなやり取りの合間に、かつての金髪青山バージョンの鋭い眼差しを見せる俳優・中村倫也の表情の振れ幅に、興奮してこちらこそ「身の毛がよだつ」思いだ。

 今回、青山が珈琲を飲んでもらいたいと願ったのは、定期的にガソリンスタンドにやってくるというトラック運転手の菊川(野間口徹)だった。絶望を知った瞳の菊川だが、青山の淹れた珈琲の香りに少しだけ生き返ったような表情に変わる。聞けば、菊川は妻の病気が治るように、大好きな珈琲を飲まない願掛けをしていたという。

 運転手の菊川が事故をすることなく無事に帰ってくるようにと、毎朝妻が珈琲を淹れてくれたこと。それがとてつもなくまずかったこと。「ブルーマウンテン」を「ブルーハワイ」と言い間違えるほど、珈琲に疎い妻。それでも、その気持ちが嬉しくて毎日の楽しみになっていたこと……。現在進行系で闘病しているように聞こえた妻だが、実は1年前に亡くなっていた菊川の妻。だが、ブルーマウンテン=青山の珈琲が、菊川にとって妻の死と初めて向き合うきっかけとなる。

 一方で、ゴンザもまた家族の無事を祈るあまり、厳しい条件を飲んでいた。それは、青山を追うぺい(磯村勇斗)から愛娘を守るために、青山の車にGPSを仕掛けること。娘を守るために、青山との友情を断つことを選んだのだ。人生には自分の力ではどうすることもできない場面がある。そんなとき人は好きなものを断ち、失うことで、少しでもその流れを引き寄せたいと願うのではないだろうか。

 ドラマオリジナル部分である「妻の死をなかなか受け入れられない菊川」と、もともと原作にあった「現在進行系で家族を守ろうとするゴンザ」を対照的に描くことで、「ガソリン珈琲」のエピソードがより段階的に苦みを増していくようだった。

■心を通わす一つの言語になりうる、珈琲の時間
 「ファッション珈琲」では、元バリスタチャンピオンのモタエ(光浦靖子)が登場。「幻の珈琲豆」と名高いコピ・ルアックを、キッチンに2人並んでうっとりするシーンは、映画『かもめ食堂』や『メガネ』など、ゆったりと満ち足りた空気を描いてきた名手・荻上直子監督らしい画だ。

 そんな充実した時間もそこそこにワークショップの生徒たちがやってくる。驚いたのは、その中に第1話で青山の珈琲に惚れ込んだ垣根(夏帆)の姿があったこと。とっさに隠れた青山は、そのままモタエが「生徒の子たちとズレを感じて寂しい」というワークショップの様子を見守ることに……。

 モタエが伝えたいのは珈琲の本質的な魅力。しかし、生徒たちの興味は表面的な見栄えにしかない。最終的にコピ・ルアックだと偽って、いつもの珈琲を飲ませても、気づくことができない。何か自分に箔をつけたいだけで、それは珈琲じゃなくてもいいといった雰囲気に、モタエはガッカリしていたのだ。

 だが、片道3時間もかけてモタエのところに通っていた夏帆には、その味の違いがわかる。それは、青山の淹れてくれた珈琲に近づきたいという忘れられない味の思い出を追い求めてきたから。本当に美味しい珈琲というのは、淹れた人と飲んだ人の思いが通い合う瞬間を指しているのかもしれない。

 奇しくも、垣根は若き日の青山と同じ「美味しい珈琲を淹れたい、ただそれだけ」という言葉を発する。その「美味しい珈琲」とは、自分自身を含む、誰かと心を通わせたいと同義語なのではないだろうか。

 かつて、泣きながら青山を殴ったぺいも、本当は珈琲で青山とつながり続けたかったはずだ。拳という共通言語でわかり合えたと思っていた仲間が、その言葉を捨てて今度は珈琲で語るのだと住む世界を変えようとしているのだ。その寂しさ、そして自分はそれを共有できないという悔しさで、あれだけの涙が溢れたのだろう。

 そんな珈琲によって救われた垣根と、珈琲によって奪われたぺい、そして青山がついに一堂に会す。ふわふわな青山から、ギラギラな金髪青山まで、きっと次回はさらにいろいろな表情を見せてくれるに違いない。俳優・中村倫也の味の幅広さを存分に堪能する時間になりそうだ。


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